「時短だと早く帰れていいね」。同僚にそう言われて、うまく返せずに固まったことはありませんか。私は、心の中で「なにもよくないんだけど」とつぶやきながら、その言葉をいつも飲み込んでいました。
早く帰る分、ラクをしている。時短だから、わがまま。そんなふうに見られている気がして、肩身がせまい。でも実は、時短勤務には表からは見えにくい“コスト”がいくつもあります。今日はそれを、ひとつずつ見ていきます。
「早く帰れていいね」に、うまく返せない
この言葉を向けられると、じわっと胸に残るものがあります。「私、ラクしてるって思われてるのかな」という気持ちと、「本当は全然ラクじゃないのに、それを分かってもらえない」というさみしさ。そのふたつが混ざって、なんとも言えない顔になってしまう。
では、その“ラクじゃなさ”の正体は何なのか。時短勤務には、表からは見えにくいコストが、大きく3つあります。お金と、評価と、時間です。
見えないコスト① お金
まずはお金。時短勤務は、働く時間が短くなる分、お給料もそのぶん下がります。なのになぜか、ずるいと思われてしまう。
働く時間が短くなるので、下がること自体は当然のことなんですが、見落とされがちなのは、影響がその月のお給料だけにとどまらないことです。
- 毎月の給料が、時短のぶん下がる
- 賞与(ボーナス)や、将来の退職金にも響くことがある
しかも、1歳未満の保育料が高く、自担の給料で、保育園代を稼ぐためだけに働いているという声もよく聞きます。なぜ1歳の子を預けてまで働いているのに、と悔しくなってしまいます。
見えないコスト② 評価
お金以上にこたえるのが、評価です。短い時間のなかで、フルタイムと同じか、それ以上に密度を上げて成果を出していても、「時短だから」という一言で、昇給や昇進の対象から外されてしまう。頑張りが数字や肩書きに反映されない状態が続くのは、じわじわと心を削ります。
私も、限られた時間でなんとか成果を出そうとしていた年がありました。それなのに評価面談で言われたのは、「上げてあげたいんだけど、直近の成果が少ないので評価できなくて」。産休前の頑張りが全てなかったことになっていたことと、時短だとフルで評価してもらえないことに愕然としました。
見えないコスト③ 時間 ― 帰ってからが本番
3つ目は時間です。早く帰ること=休んでいる、では全然ありません。ワーママの1日は、「3ラウンド制」です。
- 第1ラウンド:朝。起こして、食べさせて、着替えさせて、送り届けて出勤
- 第2ラウンド:仕事。実はここが、座れてトイレにも行けて、大人と話せる“ちょっとした息抜き”だったりする
- 第3ラウンド:帰宅後。お迎え→夕飯→お風呂→寝かしつけ→残った家事まで、ノンストップ
私の第3ラウンドは、玄関のドアを開けた瞬間にゴングが鳴る感じでした。コートも脱がないうちに「おなかすいた」が始まり、Youtubeでごまかしながら夕飯を作り、お風呂に入りたがらない、入ったら入ったで出てくれない子をなだめ、寝かしつけでいつのまにか自分も寝落ち。気づけば、その日いちども座ってゆっくりしていない。「本業はママ業、仕事はむしろ副業」なんて言葉に深くうなずいてしまうのは、こういう毎日があったからです。
なぜ、コストはいつも自分に集まるのか
ある男性の同僚に、「いいなあ、自分は仕事しかできないから、羨ましいよ」と言われたことがあります。その場では「またまた~」と流したのですが、あとからじわじわモヤモヤしてきました。羨ましいのは、むしろこっちのほうなんです。
「仕事しかできない」=「仕事のことだけ考えていればいい」。家の段取りも、子どもの体調も、保育園の持ち物も、頭の片隅に一切置かなくていい。その立場のほうが、私からしたらよっぽど羨ましい。では、なぜ彼は仕事のことだけ考えていられるのか。答えはシンプルで、家庭側を引き受けてくれている誰かが、どこかにいるからです。
子どもが熱を出したとき、保育園からの電話を受けて早退するのは、たいてい私のほう。通院も、行事も、急な欠勤の頭下げも、こちら側が勤務を調整して引き受ける。その調整があるからこそ、夫や男性の同僚は、自分の勤務時間を一ミリも削らずに、仕事へまっすぐ向かっていられる。これは、言ってしまえばフリーライド(ただ乗り)です。
誰かが見えないコストを払って家庭をまわしているから、もう一方は“フルコミットできる人”として正当に評価される。「早く帰れていいね」と「仕事しかできなくて羨ましい」を言い合っているようで、実は割を食っているのは、いつも調整する側なんですよね。
「早く帰れていね」にモヤモヤするのは、わがままじゃない
お金は削られ、評価は止まり、帰ってからは第3ラウンドが待っている。しかも、その負担が自分のほうに偏るのは、努力不足ではなく構造のせい。それでも毎日、ちゃんと仕事も家のこともまわしている。これって、どう考えても「ラクしてる」でも「わがまま」でもないですよね。
見えないコストを、見えないまま黙って引き受けてきた。それでも投げ出さずに続けてきた。その事実だけで、もう胸を張っていいくらいの頑張りです。

あなたはわがままじゃない。むしろこんなに毎日、頑張ってるんだから大丈夫。

